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人生折り返し地点からのデザインワーク

技と知恵と工夫を未来に

今年の目標

昨年の暮れから取り掛かっていた新しい工房が少しずつ完成に近づいてきました。ついては、結構広い場所なので、近い将来シェア工房としての機能を持たせようと思っております。

 

というのも、大学を出た(出る)工芸を学ぶ学生たちの多くを見てきて、教育機関における工芸教育について常日頃から思うことがありました。技術的なことの教示や製作環境の整備だけでなく、もうちょっとこういうことをちゃんと教えてもらわないと、と願うばかり。いてもたってもいられないので、なら自分でやるしかないか、という運びです。

 

まだ仮のはなしですが、

1、工芸家に無償もしくは低額で貸与

2、入居者に向けた(合った)道具、設備の拡充

3、仕事の創出(発注)、創作品の買い上げ

4、住居など生活環境全般の斡旋

5、入居者または出入りする方々の相互交流促進

6、自立に向けたフォローアップ

7、技術指導

 

などを行っていきたいと思います。短期の場合はバカンスなどを利用したアーティスト研修として、長期の場合は数年にわたってバックアップ/プロモーション活動までをしたいです。仮に周囲にこういった施設があった場合、何を希望されますか。どんなものであると利用しやすいでしょうか。ご興味はありませんか。

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人材育成とはたらき方

公の場でネガティブな話題は避けたいところですが、慢性的な人手不足は悩みの種。

 

お金をかけて求人をするも、なかなか出会いがありません。また、たまたま出会いがあって一緒に働きだすのですが、教育はなかなか難しい。心が弱いと言いますか、芯が無いと言いますか、ちょっとしたことでぽきっと折れやすい。打てども打てども響かない。会話がほんとうに難しい。

 

最近目にした、いいお話を。

 

毎日新聞立川談四楼の人生相談「歌手を目指すが音痴

 シンガーソングライターを目指す35才男性ある有名歌手にデモテープを送ったところ、返事が来ました。「はっきり言いますが、あなたは音痴だからミュージシャンには向かない」とのこと。 

 

私も助言者の立川談四楼、談志師匠のお話に同意です。情熱のある人、堂々としている人、続けている人には敵わないです。こんなガッツのある若い人、どこかにいないかなぁ。

 

中学時代の思い出

昨日、中学校の時代の恩師がご逝去されました。

別の先生から電話で知らせがありました。その先生も私に一番に知らせてくれて、他の同窓生に回せとのこと。なんで俺やねん、と頭をよぎりましたが、これも何かの因果かと請け負いました。

 

2年前の同窓会にも、体の不調を抱えながらもご出席いただいた先生。3年間は毎日こっぴどく叱られたものです。その同窓会でこっそり打ち明けてくださった当時のご苦労(オトナの不都合な真実)は、私を驚愕させるものでした。

 

今ではそれなりに品行方正にくらしている私ですが、中学校の3年間はほんとうに迷惑な生徒だったと思います。余りの迷惑さに嫌気がさした先生たちは、私をほぼ毎日、廊下に立たせるか職員室の入り口で正座させるかでコミュニティから排除しようとしていたようです。ぜんぜん懲りない私は(構ってもらおうとしてたのか)、さらにいたずらをエスカレートさせて先生たち全員を憤慨させたものでした。悪循環をよんだのか、他の生徒の悪だくみさえも、すべて私のせいにされたものです。

 

後で聞いた話ですが、私が卒業した後すぐ、先生のうちのお一人は燃え尽きて退職されたそうです。まじごめんなさい。

 

そんな私を見捨てずに叱り続けてくださったのが、この西田先生でした。どうしてこれほど目をかけてくださったのか知る由もありませんが、今となっては感謝の言葉しかありません。そこそこ幸せに、そこそこお金にも困らず、そこそこ友人にも恵まれいきています。

 

不思議なもので、私が大人になってから同級生や後輩たち、幾人かの先生ともすごく仲良くなって、いいおじさんおばさんにもかかわらずしょっちゅう一緒に遊んでます。仕事でも付き合いのある、今は大御所・大社長から、私の当時のわるさをひやかされているもののいい思い出。いまはよい思い出ばかり。みんなありがとう。

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京都マラソン2017

2/19 京都マラソン2017を走ってきました

 

前日の夕方から降り始めた雨も、早朝にはあがりました。

私は朝7時に家を出発し、阪急電車西京極陸上競技場へ。

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じつは、ランニング歴は5年になるというのに、都市マラソンを走るのは初めての体験です。京都はもちろん、大阪、神戸もマラソンも過去落選続き。

駅を降りてからの大群衆(ぜんぶ選手)に圧倒されました。着替えから荷物預けにいくだけでも一苦労。なんせ16000人以上がこの小さな会場に集まるわけですから。

 

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前日の夕方から降り始めた雨も、深夜には上がったそう。早朝、スタジアムには氷が張って光り輝いていたそうな(大会実行委員長談)。雲一つない晴天に恵まれて、私の晴れ男説も磨きがかかったと思います。友人たちと記念写真を撮って、スタジアムで合法を待ちます。気温はぐんぐん上って来て、長袖では暑かったかなとちょっと後悔。

 

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地元大会のいいところは、沿道で知り合いがいっぱい応援しくれること。しんどい時もまったく気が抜けません。暑さと脱水に注意しながらも、道端のボランティアさん、応援してる方々とハイタッチを繰り返しながら、コースを進みます。いやー、出て良かった。過去3回落選しただけのことはありました!

 

ランニング(とくにロードレース)は嫌いでトライアスロンの練習程度に考えていた私ですが、これを機会にはまってしまいそうです。ゴール後、ああすればよかった、もうちょっとちゃんと練習しておけばタイムも良かった、と課題を考えだすと、また出たい衝動にかられますね。ちなみに今回は、ネガティブスプリットと言われる後半に進むにつれてペースを上げていくスタイルで好タイムでした。

 

ランナーの皆さん、スタッフ、ボランティアのみなさん、ほんまお疲れさんでした。

 

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工芸は儲からない

伝統産業って大変ですよね

って私、言われ続けてきました。ことあるごとに。そんなときは「さぁ、知りません」って答えるようにしています。伝統産業って言葉がさすものもよく判りませんし、かってに誰かが作った名称と枠組みと印象に振り回される気もないですし。そもそも伝統ってなに?ってとこからテキトー過ぎて、こまっちんぐです。

 

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適した言葉が見当たらない

自分の仕事のジャンルを表す、いい言葉も見当たりません。しかたなく、ものづくりとか工芸とかいう言葉を使っています。しっくりは来ていません。世にいうプロダクトデザインの仕事もありますし、職人仕事でもありますし、変わらず300年続いているかと言えばそうでもありませんし。お客様との対話を重んじているので営業とも言えます。伝統産業じゃないよね、とは確信してます。

 

工芸は儲かるのかどうか

話は元に戻りますが、仮に自分が友禅染をやっている会社の社長だとして、はたして儲けて行けるのかと尋ねられると「非常に難しい、活路が見いだせない」というと思います。オートクチュールプレタポルテファストファッションなど繊維に関連する販路は沢山あるでしょうけど、自分の会社の技、デザイン、製品をどう活かしてゆくか、見当もつきません。自分の娘が友禅染の職人と結婚するといいだしたら反対するかもしれません。

 

でも、儲かるかどうかってのは、美術工芸の軸とは少し離れた問題であるのは事実。そんなことを第三者が心配してどうするねんってことです。大変ですよね、なんて失礼な話だ(笑)

 

私の好きな書店主さん

 工芸家として生きるヒントは周りに沢山ありますが、その中でこの人の生き方や言葉が好きです。左京区の本屋さんの店長だったころのインタビューをご紹介します。

合わせて読みたい独立の様子も書かれた記事

京都の「街の本屋」が独立した理由〜堀部篤史さんに聞く【前編】 « マガジン航[kɔː]

 ”すこしずつ変化しながら生き延びていきたい”ってグッとくるフレーズです。

 

さてもういっかい、儲かるのかどうかのか

儲けたいのか、どう生きたいのか、どうありたいのか。そもそもそれは人それぞれなのでどうこう書けるものではありません。が仮に儲けたいと思ってらっしゃる方に向けてお話するとすると、はっきり言って儲かりません!かといって貧相な暮らしをしているかというと全く別です。私の尊敬する作家は、お宅へお邪魔するとこちらの心がすごく綺麗になる気がするほど、美しい暮らしをされておられます。

 

工芸とは職業ではなくて、生き方じゃないかな。

 

散文ごめんなさい。

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日本の工芸を海外に。。。

日本の工芸品を海外に売ろう、ってのが大ブームです

 

うちへ飛び込み営業で来られる方の第二位に「日本の伝統産業製品、工芸品を海外に紹介する仕事しています!」ってのがあります。まぁ、雨後の筍のように月に2,3度はお越しになるでしょうか。(ちなみに第一位に輝くのは、ダントツでN〇T代理店の電話に関するもの。)よくまあ、これほど沸いてくるもんだと感心します。残念ながら、多くはマユツバのお話されるので、お断りせざるを得ません。紹介するお仕事とはいえ、だいたいウェブ上で商品写真だけを掲載して、受注~請求~出荷だけこなす消化仕入れのタイプでしょうか。

 

日本人がんばってます系テレビ番組や、デザイン関連雑誌でも、日本の工芸品が海外で頑張ってます、というのもしょっちゅう目にします。注目されるのは本当にありがたいことです。海外輸出がずいぶん、身近に感じられる時代になりました。

 

海外で展示会をしませんか

 

ってのも多いです。有名な商材見本市に並べて商談をしましょう、ってのもここ10年ほど大流行です。国や行政が国産品輸出を奨励していることと、国内で低迷する伝統的工芸品の消費を海外に販路を向けることで解消しようという思惑です。私もお誘いいただいて、8年前に一度フランスに連れて行ってもらったことがあります。一度経験して、わたし(うち)には合わないと感じたので、それ以後は行っていません。

 

ほぼすべての商材見本市への出展事業は国や行政が補助金を出してやっているので、とにかく甘くて緩いです。資金調達をして、命懸けで開発して、自ら足を運んで売り込んで成果を上げている私から見ると、税金を大量につぎこんでやるプロジェクトにどうもうしろめたさを感じてしまって。補助金なしじゃ動けないカラダになってしまいそうで。アートや工芸をビジネスのテーブルに載せて行かないと。

 

海外で売るときの注意

 

実際行ってみて、困ることがたくさんあると思います。国や行政も躍起になって、あの手この手で障害を乗り越える手立てを考えてくださっています。セミナーなんかも開いてくださったり。いたりつくせり。

takagamine.jp

 

とうとうアリババさんも登場!

www.nikkei.com

 

工芸品の海外輸出はそもそも

16世紀ごろから、日本の美術工芸品はたくさん海外へ輸出されていました。オランダ人や中国人によって、鎖国の間さえもヨーロッパ各所へ行き渡っていました。オーストリア・ハプスブルグ家の蒔絵コレクションは有名。18世紀はパリで日本の美術工芸は熱狂的大ブームだったそう。開国後、さらに加速して輸出がさかんに行われました。いわゆるジャポニズム。アメリカ市場にはたくさんの漆器も輸出されたとか(対米輸出額の1%が漆器)。当時は日本に限らず国を代表する産品として世界中から美術工芸品が万国博覧会を通して展示~紹介されていました。

 

↓ちなみにうちの先祖も、1904年のセントルイス万博に出品していたそう。余談ですが、セントルイス万博については、興味深い論文「セントルイス万博にみる日本ブランドの萌芽(楠本町子さん書)」もありました。

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歴史を振り返って思うことは

ジャポニスムへの対応が明治時代の政策となって、日本の美術制度そのもののになってしまいました。輸出して売れるものが良しという国と工芸界の文脈。ジャポニスムの需要を見込んだ美術工芸品の輸出が政府の殖産興業政策を担って、博覧会への出展が奨励されました。いま当時の人気を評した工芸品を見るとですね、超精密で過大に装飾的なのですけれど、グッとくるものが無いんです。おそらく当時の日本人もそう見えていたものも多かったはず。すごいものはあるけれど、いいものがない。。。また明治も後半になってくると粗悪なものがあふれ出し、どんどんと日本の工芸品の評価が世界的に下がってくるのでした。

 

輸出で一部の工芸産業は発展し、新しい文脈のもと東京芸術大はじめ教育も拡充しました。でも失ったものも多い気がします。歴史は繰り返すと思います。同じ轍は踏まないようにしたいものです。

 

店頭販売員からのおしえ

つい先日、近所の量販メガネ店で、メガネを新調しました。メガネ購入の際の体験を、メモしておきます。

 

オチを先に言ってしまうと、メガネをただでもらってしまいました。

 

試着やら計測やらで、普段からかけているメガネを店員さんにお渡ししました。店員さんはサービスで、きれいに布で拭いてくれるのでした。もともと年季も入っていたので老朽化や汚れもひどかったのですが、何かの拍子に鼻に当たる金具部分「鼻当て」が、ぽろりと折れて落ちてしまいました。店員さんは一瞬顔が青ざめたものの、丁寧にお詫びをくださって平謝り。モノに執着もありませんので、古いものなのでもういいですよと帰ろうとしました。

 

その店員さんは女性で、一目見て20代前半の若い方でした。社員さんかなぁ。せっかく来ていただいたのでどうぞ、と新しいメガネを作って無償でプレゼントしてくださるそうです。お店の過失ですから当たり前といえば当たり前なのですが、その対応の迅速さとスムースさにあっけにとられました。店長クラスの上司に対応を聞きに行くでもなく、現場のとっさの判断でことが進みました。私はたいそういい気持ちになりました。

 

このメガネ屋さんは大手ですから、店員の不測の事態に対する教育がちゃんと行き届いているのか、このお人の気の利いたお人柄なのか、もしや無償で上げても大したことない原価なのかわかりませんが、

 

自分の部下ならこうは出来ないかもしれない、と思いました。咄嗟にそのばで判断と行動するのは難しいかも。やはり、会社を作り上げ成長させるのはお人次第なんですよね。

 

で、結局気をよくした私は、もう一着クルマ運転用のメガネを注文したのでした。まんまと乗せられたのかもせいませんね。

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