人生折り返し地点からのデザインワーク

技と知恵と工夫を未来に

工芸と社会とのかかわり

工芸と社会を結び付けたり、橋渡ししたりするのは楽しい

 

家業のかたわら、作家・作品を世に問う事業を続けています。いわゆるギャラリストのはしくれです。展覧会を開催すると、京都中心部の地の利、輪の空間の場の利もあってたくさんのお客様に毎回おいでいただいております。展覧会の案内を希望されるお客さまも、今では3千人を超えるまでになりました。発表した作家、作品はたくさん世に嫁いでゆきます。

 

ギャラリーを経営していると

素晴らしい活動をされていますね、とまるで身銭をはたいて慈善事業に打ち込んでいるかのようにおっしゃっていただくことがあります。たしかに社会性を備えていてやりがいがあり文化的な事業ではありますが、これは決して奉仕活動ではありません。私共はあくまで文化芸術を武器に、収益を目的としたビジネスとして取り組んでいるつもりです。もともと日本では美術品を買うというよりも、デパートや美術館等での鑑賞が非常に盛んな土地でもありますから、見ていただくだけでもまったく構いませんしそういうものだとも思っています。しかし作品を売り買いすることをがギャラリーの基軸であると考えています。(残念ながら、日本の地方都市の多くのギャラリーは、貸スペースでしかありませんが。)

 

ギャラリーの収益構造は、基本的には「作品を高く売る」という非常にシンプルなものです。これがただの小売業・流通業と少し違うところは、作家や作品に対する長期的投資に重点をおいて、将来の利益上昇をも目論んでいるところです。これは、株式投資によく似たところがあると思います。展覧会開催の際には、あらゆる手段をつかって作家を広告し、場を設え、お酒とお料理でお客様をおもてなしし、値付けやパッケージングのお手伝いをします。質の高い展覧会を開催しお客様にご満足頂いて、作家とギャラリーのブランド(ネームバリュー)を高めてゆく作業です。多大な金銭・労力・時間を使って、しっかり丁寧に株を上げてゆくのです。ですから作家とギャラリーの関係は、展覧会の開催中だけでなくその後もゆったり続いてゆきます。お互いの信頼関係を築き、場合によっては契約し、もちつもたれつお互いが儲かる収益構造になろうと努力しています。「今のうちに作品を買っておいたほうがいいですよ。作品を買う時には必ずうちのギャラリーで買ってくださいね」という仕組みを地道に作ってゆく作業です。

 

私が今までお付き合いした海外の作家たちの場合は、お互いが儲けること・価値を高めてゆくこと、関係作りに非常にシビアで命がけです。気持ちいくらい。これが日本作家の多くの場合は、それがなぜかなかなかうまくゆきません。若い作家の発表活動見ていると、残念に思うこともよくにあります。

 

・自分目線での発表になってしまいがち

どう見られるか・どう思われるかという他者目線が欠落している人が多いです。セルフプロデュースの巧い作家もいますが、決してそうあれというのではありません。自己表現・自己満足に終わってしまっていてもったいないなと思うことが多いです。芸術の楽しみ方の一つに他者との共感、社会性というものがあるのでは、あってほしいとおもうのですが、自己の目的を達するためだけになってしまって。なら自分の部屋の中でやっても同じことかなと思います。作家といえ社会の中の一員であり、つくっておしまいじゃもったいないです。評価されなくてもいいのかなぁ。

 

・ぬるい、生暖かい環境にいるの場合

行政が税金をつぎ込んで、アーティストを囲い込んで自由に好き勝手に作らせていることをよく目にします。道具は揃っていて家賃も発生せず、場合によっては給与を貰っているとか。あとは親御さんが扶養していたりするケースもあります。ニート状態。これはいいわるいは別にして、尊敬する福のり子さんの言葉を借りると

 

”動物園のゾウの平均寿命は17歳。でも野生のゾウは平均56年間も生きる! 危険に囲まれて、自力でエサを確保しなければならないゾウが、安全で、エサももらえる環境にいるゾウより3倍も長生きする!なぜだろう?きっと、檻のなかにいるゾウより、野生のゾウのほうがもっと自由に生きられるから。生き延びるための直感や知恵を、たくさんの経験や失敗のなかから学びとっていくからでしょう。”

 

本来自由であるはずのクリエーターが動物園にいるのってもったいないですよね。美術工芸を育てようとしている自治体の足元にこういうケースが多いです。荒波にもまれてほしい。行政も税金の使い道もっと考えたらいいのになぁ。

 

ちょっと残念な場合

時間と手間とお金を投資して、若く無名の優れた才能をもった作家を後押し、すなわち評価を高めようとしていると、別のギャラリーがひょいっとその作家の展覧会をしちゃうケースがあります。その時になって私自身、作家とのコミュニケーション・情報交換が足りていなかったと猛省しますが、それはないでしょとそのギャラリーにいらだったりします。美味しいとこだけ持っていかれた感だけが残ります。「今度だれそれの展覧会をうちでさせてほしいんだけど」と相談くらいしてくれたらいいのに。じゃ結局アーティストと独占契約しかなくなってきます。一昔前なら暗黙の了解や信頼関係で済んでいたものなのに、今は紙にサインしなくちゃいけない。だれがこうしたんだろ。そういう意味で、アートプロデュースってのは認知度と評価がすごく低い仕事かもしれません。命懸けでやっているのに、なかなかわかってもらえない。

 

かといって、今はアーティストを縛る(すなわち契約する)つもりは全くありません。理由は上の野生のゾウの話。自由でありたいしあってほしい。なので、あえて今後も信頼関係だけでやっていこうと思います。

 

仕組みづくりは難しく遠い。